2013年6月11日火曜日



気がつけば
インドで ヨーガと出会ってから もう十数年。

「ヨーガを始めてから、からだやこころの変化が観られた」
とは よく聞きますが

わたしも例外ではありません。

ヨーガと出会う前ときたら 
からだは カチコチに中身が詰まったマーブルチョコの筒みたい
考えは 不安定な雨雲のよう
呼吸は 思い出したように吹くすきま風程度・・・



でも その固まりきった身心を
なんとかしたいと もがき苦しんでいました。

人間関係に疲れ  人を受け入れることを諦め
母なる自然を求めて インドなどの国々を
ただひとり渡り歩き、

どこかに じぶんが理想とする世界がある と
夢をみては  旅する日々。


なにかに急かされ なにかに追われ
からだとこころは いつも安定を求めて
シャンティを約束してくれる存在を探していました。


今思えば 当時のじぶんと今のじぶんは
まるっきりの 別人のようです。


まだまだこれから知っていくことは たくさんあるけれど
少なくとも 今のじぶんには  過去には知らなかった
手放しの「安心」や「よろこび」があることに 気が付いている。

モノや状況だけから得られるそれではなく、
素のままで ありのままで 今ここにある シャンティ。



 この気付きを与えてくれたもの

それは、ある種の「間」(スペース)だと思います。



例えば それは椎骨と椎骨の「間」であったり
草の上に寝転んだときの 遠く青い空との「間」であったり
吐く息と 吸う息の「間」であったり
だれかとの会話の「間」であったり


灯台下暗しという言葉にあるように、
じぶんで じぶんのからだやこころや呼吸のことを観ていくことは
容易いことではないですね。


でも ヨーガを続けていくことで
(ほんとに超のつく牛歩ではあるけれど・・・)
わたしがじぶんを成長させてくれていると感じるものは
この 「間」(スペース)です。


「間」が生むのは、客観性。

 客観性の広がりが、大切な学びや生き方へ ひとを導いてくれると思います。



そして 「間」から、心地よさや満足感の感情が育ち
 じぶんのからだにも こころにも 呼吸に対しても
やさしく見守れる智恵が 目覚めていきます。


ヨーガはからだというツールを使って呼吸に作用し、
呼吸というツールを使ってこころに作用し、
こころというツールを使ってほんとうのリラックスに気付いていく
これまたツール。


そう、ヨーガは道具です。


さまざまな次元のわたしを成長させてくれる、心強い道具。


使ってみない手はないですよね!




今日はまるで Blog S のように
長く綴ってみました。
まだまだですかね笑)





友人アーティストに撮ってもらったお気に入りの一枚。 もちろんここは インドです笑





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