2012年9月10日月曜日

ガネーシャ チャトゥルティ

ガネーシャさま

お顔はゾウ、からだは人間、

手にまあるいお団子スィートを持って

おおきなお腹にヘビを縛って

乗り物はちいさなネズミさん。



このしっちゃかめっちゃかさ。

これがね リアリティ、なんですよねー。







先日、教室で このガネーシャの降誕祭をお祝いしました。



インドでは、これをガネーシャチャトゥルティと言って、

主に西インドで 盛大にお祝いされるそうです。



わたしは今の時期にインドに居たことがほとんどないので、

ガネーシャチャトゥルティに遭遇したことは 残念ながらありません。



が、

いやいや どうして。

いつも、 わたしたちの学びにおける 障害物を

その大きな なが〜いお鼻で一掃してくれている 頼もしいお方に

ぜひぜひ感謝の気持ちを表そうじゃありませんか!

っていうことで、



現在開催している アーユルヴェーダ講座の生徒さんと一緒に、

詠って 話して 食べて 笑って お祈りして







少しの時間でしたが、

ガネーシャさまに 「いつもありがとうございます」のこころを

お届けしました。





みなさん、美味しいプラサードを 沢山持ってきてくださったのですが、

あまりにも その甘〜い味覚に集中しすぎて・・・



すみませんが、食事の写真はございません〜。





2012年9月5日水曜日

Mt.Tateyama


there is one beautiful mountains named Mt.Tateyama in Toyama.
It is one of the sacred mountains of Japan.
Mountain trails offered us something beyond words.
It was like hiking in the clouds!!!


立山に登ってきました。

北アルプスに位置する、修験のお山です。
とにかく、エネルギーは すばらしかった!











































Om Om Om....



2012年8月23日木曜日

シェアリング



土-tsuchi-では、月末の各クラス後に、"シェアリング" を行っています。



シェアリング。

英語のような、和製英語のような、なにか特別な指輪のような・・・?



言葉にして言うのが、すこし くすぐったい感じ?






カンタンに言語解剖すると、

Share 共有 + ing する(こと) = シェアリング

です。



なにを共有するのでしょうね〜?







実際、クラス後に行うシェアリングはどのようなものかというと、

みんな輪になって、みんなそれぞれの、日々の(あるいはヨーガクラスにおける)「気づき」を言葉にして伝えます。



こんな風に説明すると、

「気づきなんて、そんな大層なもん、見当たらないですよ〜」

とか、

「えぇぇぇぇぇっっっっと・・・・・サイキン、ヨク、オモイマスノガ、デスネ、、・・・。アレ?!なんだっけ?」

なんて、肩にチカラ入って、言いたいことが出てこない。




そんな方、少なくないんです。



で、苦手意識が勝ってしまうので、シェアリング不参加率が高くなる。



あるいは、あまり知らない"人"に対しての バリアや怖がり感から、

集まることを避けてしまい、シェアリング不参加率が高くなる。



こんな方も、少なくないと思います。



(あの これ隠に、シェアリングに参加してくださいよって言ってるのではないんすよ。)



じつは、わたしも(も、というか、シェアリング好きな生徒さんもいっぱいいるんやけど)、シェアリング、実は 全然好きなタチではないのです。

気づきを言葉にするのが苦手やし、それを人に伝えるなんて、上手くいかないのわかっているのでモゴモゴする。

もともと集団が苦手。

右脳に頼り切っていた人生。



じゃ なんで、言葉で人を導くヨーガのセンセイしてるん?

わざわざ シェアリングするん?



・・・って直接聞かないでくださいね笑。





苦手だけど、参加すると、そして 言葉にしてみると、

解ることがあります。



たとえば、

じぶんが じぶんのことを感じ思っていることを、考えていることを、

誤差のなきように言葉にするのは、 驚くほど むずかしい ということ。



たとえば、

「なんとか上手に、みんなに誤解されないように、じぶんが理想とする"じぶん像"をこの場で壊してはイケナイ」みたいな?

エゴに気づく。



シェアリングに参加して、こんな発見が訪れたなら、

それが きっと、「シェアリングの意味」です。

そういった気づきから、ヨーガの勉強って始まっていくもんです。

共有することって、参加することから始まって

たとえ言葉にならない場面でも、

参加している人は 言葉の背後にある あなたという存在を、共有しています。

見えないものの間でも、共有ってリアルに存在しています。



実は シェアリングの話の内容というのは、ぶっちゃけ、なんでも、いいんですね。


ははは。。



参加することは共有することに含まれるから。



シェアリングに参加すればするほど、ヨーガは リアルに共有されます。

ほんとうに。





ところで、

わたしは、このシェアリングって言葉、しょうがないので使っている、というのが正直なところでして

なにか 日本語の良い呼び方があれば いいなぁ と思ってます。

アイデア持つ人、求ムー




2012年8月6日月曜日

すっぴんについての考察



すっぴん

素のまんま

ありのまま



そこには 「なにも伴わない」 という要素があります。



「顔にぺたぺた塗ったりしなくても、

ヒールをコツコツ鳴らして歩かなくても、

飾らない 自然体のまんまが美しいのだ。」



・・・・なーんて、わたしは 信じませんよ。



「◯◯◯のすっぴん顔、初公開!」

写メにピースで撮ってはるやつ。



・・・・こっちの方が おもしろいけど、これもわたしは信じませんよ。





なぜか。



すっぴんって、ありのまんまのことで、

ありのまんまの存在のことだと思うんです。



ヨーガの世界では、

わたしは 水着の跡がくっきりついた このからだでもなし、

わたしは 甘ーいおはぎが食べたいなぁ(あ もうじきお盆なのでね)と思う このこころでもなし、

え〜〜 じゃあ いったい わたしって何よ〜

って 進めた"わたし"の学びの先に、

ようこそ、おいでなさいマシタ と、いよいよ導かれる アートマンという存在。

(アートマンについての詳細は、相方Sのブログを 時間がある時に見てください。)



アートマンこそが、わたしたちの本質、ほんとうの姿(って言っても色やカタチの質は無いんだけど)だと言います。

アートマンって響きはスーパーマンみたいに英語のようですが、

これはサンスクリット語(聖典用語)です。

日本語でこれをずばり言い表すことばがないので、"意識"やったり、"真我"やったり、"本質"やったり いろいろ言います。

でも、これからは "すっぴん" も 付け加えようかなと思います。

(個人的には "すっぴん" を使いたい〜)



だって、アートマンは それ自体が ありのまんまということ。

なにも伴わない。 それ自体で存在し、それ自体がPureの意味。

ね、"すっぴん" でしょ?



話がすこし逸れましたが・・・

そう いろいろ着飾らなくても自然体のまま・・・

ってね、アートマンはもともとすっぴんそのもの。

まつ毛長くしようが、爪にいっぱいきらきら付けようが、

誰だってほんとはすっぴんなんです。

誰だってほんとはすっぴんぴんなんです!

わざわざ すっぴん "のような" 宣伝しなくてもね。



すっぴん顏も良いけれど、

着飾ってメイクして髪クルってしてって、いーじゃないですか!

とても素敵ですよ。



でも、本来のわたしが "すっぴん" だと理解していながら着飾るのは、

もっともっともっと Sexyですけどね!







先日生まれた 姪っこ。

すっぴんぴん。









2012年7月24日火曜日

dance 〜踊るは楽し〜



梅雨、明けていたんですね

全然知りませんでしたよ、、、



うちはテレビが無い上 新聞もとっておらず、

世の中のニュースに関しては オンタイムに把握できる事ってあんまりない。

あぁ もうその時点でニュースじゃないですね、ちょっとした過去の話題になってしまっている。



ま、いいんですけど。



さて、かなり かなりの久々に、先週 東京で踊ってきました。

わたしのインド舞踊の先生は インドに住んでおられるので、

インドに行った時に先生のスタジオにお邪魔するか

東京に帰っていらした時におしかけるかなんですが、今回は後者バージョンです。



カビの生えるほど練習不足でしたが、

仲間と共に とても楽しくからだを動かせました。



目線の角度 顔の表情

腕、手や指の角度 脚の方向

踊りは ひとつひとつの動きに意味を持ちますが、

それがどこに向かっているかといえば、コンシャスネス、宇宙の源です。

おおきな(と言っても"大小"のモンダイではないんだけど)存在とつながり、

「ひとつ」「Oneness」を体感していく。理解していく。



ヨーガだって

作品制作だって

音楽だって

ヴェーダーンタだって、

探求方法は違えど 目的地はおなじ。



美しいです。





今年はナマステインディアに こそっと出場する予定。

ぼーずですのにね♡



尻叩いて練習しないとあきません(汗)











2012年7月9日月曜日

時季色々

もうすぐ梅雨も明けそうな、この時季。

いま 土の庭は、むらさきの花色がいっぱい。

アジサイにセージ、ロベリアに返り咲きのナデシコ。

春は 淡い黄色の花がたくさんで、

夏前には 梅雨の曇り空によく似合う、むらさき。





この時季ならではの

赤紫蘇のじゅーす、作りましたん。








お湯で割って チビチビと飲むも良し、

ソーダで割って ゴクゴクと 夏気分を味わうも良し!

(ヨーガやアーユルヴェーダ的には、
常温以下の たとえば氷や冷蔵庫で冷やしたものは、
内蔵を冷たくするので 勧めていません。
まぁ もっと言うと、ソーダも良くないってゆうんですけどネ。。)


からだに いただきかたを聞きましょう〜






グラスが似合う

夏を報せる 飲みもの。











2012年6月6日水曜日

みどりの休息

今年の残った月日は、教室のワークショップに 土-tsuchi-総出で(っていっても二人やけど)

エネルギーを費やしていこうと、勉強や資料作りに日々奮闘しています。





まぁでも 休息は大切だよ

と、 たまにはふらっと 緑のプラーナをいただきに・・・

お山へー

そう、突進していきます(笑)。





山の中で おおきく呼吸すると、

いつも 小さい頃に戻っていく。



苔の色。 湿った植物の匂い。 土の感触。 鳥の会話。










原点に戻っていく。



今のじぶんのこのからだやマインドが始まる ずっとずーーーーーっと前から

ほんとは知っているのだ、帰っていくところなんて。

ほんとはみんな知ってるのよね、気づいていないだけで。







・・・・なーんて、

山ん中でこんなヴェーダンティックな「アタマ」になってきたら、

「オナカ」にちからを戻しましょ。





緑の中では、なんてったって 美味しい空気とお弁当!

鼻唄歌って らんらんら〜ん ♪ といかなくちゃ。




数年ぶりの小塩山と大原野神社。



この辺りは 実家の近くなので ちびっこの時は家族と一緒に、

通った大学からも近かったので、おおきくなっても ひとりでぷらっと 歩きに行きました。



小塩山はカタクリが自生しているんですが、

今年はもう時期が終わっていました。





今は睡蓮の時。

大原野神社の池にて。





サンスクリット語で "睡蓮" は Utpala उत्पल といいます。

(他にもいくつか名前はあるようですが。)

世界の中で、特にインド思想においては、ハスや睡蓮は大切なシンボリックフラワー。

純潔の象徴。



きれいですね





この日に出会えた生きものみなさん、ありがとうございました。

また マイペースで生きてこっと!